提言書

教育委員会 今 求められる公立高校の制度改革










山梨経済同友会
平成16年10月






目次

1.提言にあたって

2.提言 今求められる公立高校の制度改革
 【I】 現実的な問題点と打開すべき点
 【II】 これから求められる高校教育の価値基準
 【III】変革のための方策

1.提言にあたって

わたしたちの基本的立場と考え方

 今後わが国の教育に求められる目標で最大のものは『グローバルなレベル』での人材を育てることであろう。『成長したい、進歩したい、強くなりたい』という意欲を潜在的に持つ若者は多い。その意欲を開かせ、大輪の花を咲かせることが教育の本義である。教育の最も大事な役割は、人に人生航路の荒波に臨む姿勢をインプットすることであり、『自力航海』へのマインドを埋め込んでやることだ。別言すれば『己の生を愛する人を育てる』ことに他ならない。
 従って、大事にすべき教育の理念、価値基準は『ミニマム・レベル』や『アベレージ・レベル』から一歩踏み込んで、個人の持つ個性や多様な能力と可能性をフルに開花させる機会を十分に与え、結果を出すことである。いわば『フルサイズ・レベル』を基準としっつ『成果判定』のフィルターを通すという領域に踏み込まないといけない。ましてやそれを阻害する『結果平等』型のものがそのまま放置されてはならないし、『機会の平等』を確保しつつも競争、競い合いの要素を一層強めることが不可欠と考える。
 道州制が展望される中、当県でも、県や国の範囲を超える広い視野を持ち、且つこの地の持つ魅力とポテンシャルを十分認知しつつ、外に向けて発信できる人、この地を一層盛り立てる企てに参画できる人を育成すべきである。山梨を地盤として経営を展開するわれわれ経済人も、それに向け具体的な行動を起こし、積極的な貢献をすべきだと考える。

◇我々の取り組みテーマの選択
 頼りない若者を企業に迎えて、社会に出る人の心構えの大切さを痛感している会社経営者が多い。人を育てるということは人を取り巻く周りの連続的変化や関係性に依存する。人一人の今はそれらの連鎖の結果でもある。家庭での育児・教育という幼児期が決定的だという意見の人が多く、その妥当性は高い。しかし、それを言い募っても事態は改善しない。『教育』の問題は最初からそのように因果が循環する性格を持つもので、責任や原因をお互いに転嫁し合っても事態は前進できないものと観念すべきである。繋がる鎖のどこにメスを入れるかという戦略的取り組みを重視すべきである。義務教育課程には義務教育課程の、高校には高校の、また企業にも企業の出来ること、やるべきことがあるはずだ。企業経営者の集う経済界も経済界として出来ることがあるはずだ。事の重要性と時宜や我々の出来ることという観点から、当面の論議・活動のテーマを1)公立高校制度の改革 2)学校教育と企業の交流一の2点に絞った。その考え方を述べておきたい。
【1】高校教育は、実社会、経済界との距離が近い。それ故に、最も教育制度、環境の影響が色濃く刻印される時期だと考えた。
【2】県内高校教育の主軸は公立だが、義務教育ではないだけに需要者の視点、費用対効果や市場経済の視点が求められる。県内高校生の学力低下の因果関係は一様ではないが、学区制と総合選抜制が中学校の学科教育を弛緩させている点を無視できない。公立高校の制度・仕組みの改革が、義務教育への波及を含め教育改革の起爆剤となり得るし、又そうなるべきだと考えた。
【3】高校教育に限らず、学科教育への偏重や社会性欠如の是正の一助として、実社会の厳しさと面白さを知ってもらうべく、企業とその経営者が、教師や生徒・教室と行き交うことが、相互理解と建設的な関係を前進させると考えた。

◇今回提言のテーマ
 当会ではここ何年か教育をテーマに取り上げ、また特にこの一年間は『公立高校制度の改革』を取り上げてきた。時恰(ときあたか)も、県の『高校入選審』が開催中である。まだまだ未熟、不十分の誇(そし)りは免れないが、これまでの論議を意見、提言のかたちにまとめ、それをもって行動をすべき時だと考えた。

教育委員会 委員長 田中好輔





2.提言

今求められる公立高校の制度改革


【I】現実的な問題点と打開すべき点

(1)避けられない社会的構造変化
 今直面する最大の問題点は、高校入学生の長期的減少傾向であり、これに伴って需給ギャップ(人的物的教育供給体制過剰)の拡大が避けられない。それも、社会ニーズへの適応力次第で偏在化することが避けられず、校舎、教師等の余剰化が顕在化する。今後の公立高校教育の課題は、確かにこのモチーフが大きいが、問題先送りのために徒に県民の公的財源が食われるだけに終わってはならない。構造変化をこなしつつ、パフォーマンスの高い制度、システムに変われるか否かが、喫緊の課題である。
(2)学歴社会の変化
 既に新卒採用市場でも、大企業では所属学校・学部を聴かず、人物本位を先進性の証とする所が増えつつある。未だ残滓は色濃く残っているが、根深かった『学歴偏重』の社会意識が、こうした動きを誘因として、確実に変化しようとしている。
(3)低迷する教育の成果

 1)企業社会の真のニーズとのミスマッチ
 大事な思春期、青春期に当り、自分の力と適性を測りながら将来への志を固める時期である。学力面だけに止まらず、人の将来に向かう姿勢と人間教育の場として高校教育に求められる課題も大きい。安易に大学に合格させればよしとする考え方はすでに社会から受け容れ難くなっている。高校に限ることではないが、人生の良き師として教師の人間教育力が求められる所以である。
 2)学力、スポーツ、文化面での不十分な成果
 大学入試センター試験や模擬テストでの県内高校生の惨状は夙に指摘されている。それだけに限らずスポーツや文化面での成果の不十分さは、義務教育課程を含む本県教育界という閉じた聖域の中で護持されてきた『全員入学』や『結果平等』というドグマが時代の要求を満たせなくなっていることを示すものである。
(4)学区の分断とメニューの複雑化
 狭い県土に90万人弱という僅かばかりの人が住む山梨で、学区が細分化され、また中学区『普通科』の総合選抜制が牢固として護持される余り、ニーズ対応という掛け声に乗った継ぎ接ぎ、複雑で分かりにくい学制が行われている。このため、生徒数の減少と地元の存続要求の板ばさみに喘ぐ不毛な政治状況の出現、望む学校に望み通り行けないミスマッチ、校内の分断現象、地元周辺の生徒しか入らない『全県区』という名ばかりの制度の虚飾などが生じている。



【II】これから求められる高校教育の価値基準

(1) 人の自分史を飾れる高校
 高校時代を灰色にしてはならない。友と師を得、志を育み、人生の礎となる、青春の輝く一コマであって欲しい。それを演出し、生徒を惹きつけるのが高校の特色、校風であり、教師の魅力である。生徒にとって、好ましく適した高校を志願し、合格ラインをクリア出来れば自分が望む高校に入学できる制度でなければならない。
(2) 個性・特色を作り、その『高み』を築く
 大学受験に焦点を据えるだけが求める姿ではない。職業や就職を視野に入れた地域主体の高校というあり方も大切である。ただ、漫然と存続させるのでなく、多様の中で個性的かつ高いレベルを持つ特色作りが求められる。狭い県内を学区により細分化するのでなく、需要と供給の出会う場を大きく取らないと、特色と競争のレベルは高まらない。区割りの枠を外すことによって、『個性』『特色』を磨き『高み』を築くべきだ。
(3) 切磋琢磨を通じて志操堅固な次世代リーダー、世界レベルに繋がる人材の育成
 大学、あるいは更にその上に進み、志を果たそうという生徒に、その望みをかなえる足場を提供する。単なる優等生の受験術教育でなく、厳しい切磋琢磨という環境の力を使いつつ、自分探しの出来る人間教育をすることが求められる。 
(4)避けられない市場原理というプリンシプルの受け入れ
 高校は義務教育の先のステップであるから、一般の市場財の側面を強く持つ。それ故に、競争、競い合いに基づく優勝劣敗の市場原理や『費用対効果』というプリンシプルを受け入れることが不可欠で、需要者たる生徒、受験者、その保護者等の真の求めに応ずることが大事である。卒業後の進路の先には厳しい実社会の求めがある。これが重視されないと、今後益々高校教育の公的供給は急速にレゾンデートルを失う。況してや形式本位の『結果平等』に偏重した聖域として、社会経済と無縁な所に留まることは許されない。



【III】変革のための方策

(1)『学区制』『総合選抜制』の廃止
 1967年に導入された『学区制』と『総合選抜制』は一定の成果を収めたが、すでに過去の遺物と化し、その役割を終えた。むしろ生徒数が不足する時代には弊害が多くなる。
狭い県内の地域隔壁を外して底辺と選択の幅を広げ、また競争原理を強めることにより高さのニーズに応えるべきである。行きたい高校を自分が選ぶことの人間教育的効果も無視できない。
(2)学校経営者としての校長の権限強化
 高校の特色作りと経営は、中央集権的官僚組織から切り離し、現場管理者としての校長に任せるべきである。以下の権限を大幅に委譲し、それと一体で校長は経営責任を負う。
1)人事権(適者要求権、採用権、査定権、任免権)
2)ビジョン、理念、特色の提示
3)予算要求と行使権
 そのためには、校長志願者に学校経営に関する研修訓練を施すと同時に、経営感覚を備える民間人の登用にも道を開くべきである。
これらによって、今後公立高校の収容力が減容を迫られる中で、適切な施設配置と適材を揃え、教育成果の向上を図る必要がある。尚、校長の独断専行を監視する『学校評議員制度』を、卒業出身者や教育界とは異なる分野の指導層を主体に構成することも意義がある。
(3) 特色ある多様な高校作りの振興
 上述の校長による高校の特色、ブランド作りを支え、元気付ける仕組みが必要である。大学受験指導を重点指向しようとする高校には、学区拡大にあわせた『寄宿制』の一部導入も積極的に取り組むべきテーマであろう。それらによって、広域性を持つエリート校を作ることに憚りはない筈である。これらのほかにも、中高一貫教育という特色をもつもの、『郷土研究』を重視するもの、特色ある職業教育を強みとするもの、スポーツや色々な特技を生かせるコースに特色を持つもの、身障者、自閉症、登校拒否児等、弱者への教育を指向するもの等々、校長の理念と企画を尊重し、その振興を図るべきである。
(4) 県財政・予算面での配慮
 地方財政が『総花的』を許されない状況下、抽象・迂回性の高い教育予算は陳情に乗りにくい。そういう地方政治的に算盤に乗せにくいという側面を持つだけに、以下の点を重視すべきである。
1)一部市場原理を導入し、高校の自主財源確保の制度へ
2)公立高校の授業料は、『一律公定』から『受益者応能負担』への発想転換を
3)上記の企画立案、執行権と責任を校長に委譲
4)キャンパス再編は、遊休化資産の民間への売却、スクラップ&ビルド方式で資金確保
5)教員離脱者の一般公務員枠編入(福祉、文化、研究面等)の拡大

(なお、ここに提言書としてまとめたテーマについては、事態の推移に合わせて、引き続き重大な関心を払ってゆく所存であるが、この後、次のテーマ、即ち『学校教育と企業との交流促進』に軸足を移しながら、論議・活動を進めたい。)





<home>に戻る