地域活性化へ県民と協働
−昨年の県内経済を振り返ると。
「国内同様、リーマンショックの影響から、機械関連を中心に年初は急速な景気悪化がみられましたが、春先以降は在庫調整の進展や国、県の経済対策の効果から持ち直しへと向かいました。ただし、県内の製造業は中小企業が大半を占めており、国内の景気情勢と比べると回復ペースは鈍く、持ち直しの動きは緩慢なものにとどまっています」
−同友会の基本姿勢は。
「経営者が個人のステータスによる自由な立場での提言活動や実際の活動を通じて、地域経済の活性化を目指しています。活動を広げるため、会員増強には力を入れていますので、ご興味のある方はぜひお問い合わせください」
−今年の抱負を。
「おととしからテレビ番組『徹底討論 どうする!山梨』を通じて取り組んできた地域活性化活動として昨夏、シンポジウム『どうなるこれからの山梨』を開きました。今年はこの取り組みをさらに進化させ、『県民の皆さんとの協働』という新たなステージを目指します。具体案としてはインターネットを通じて県民と意見交換し、山梨の将来や課題を考える仕組みを構築しようと考えています。JR甲府駅北口のペデストリアンデッキに設置する水晶モニュメントに関する募金活動や山梨の宝である『水』のブランド化に向けた事業の推進、他県の同友会との交流なども積極的に推進していきます」
小野堅太郎(山梨経済同友会代表幹事)
(2010年1月1日付「山梨日日新聞『県内トップインタビュー』より転載」)
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道州制見据え官民で行動を
日本では過去百五十年の間に全国民を巻き込んだ二回の大改革があった。一八六○−七○年代の明治維新、それから約七十年経過した一九四五年の終戦後の改 革。それから七十年を経過しようとしている現在、道州制導入という大きな改革が検討・計画されている。人間も六十−七十歳くらいになるとあちらこちら痛ん でくるが国家も同じであろうか。
道州制が実現すると「国」「道州」「基礎自治体」が存在し、おのおのの役割分担が明確化され、基礎自治体は地域密着型の自立した運営が求められる。山梨経済同友会は、道州制検討委員会を立ち上げ山梨県に与える影響を多角的に検討してきた。
道州の枠組みについて、近県で行われている審議会の報告書には、「山梨県」という文字はどこにも発見されなかった。どの県にも相手にされていないのか、無視されているのか。その事実を知ってわれわれ会員は大きな危機感を覚えた。
道州制という平成維新の実現について疑問視する人々もいるが、いずれにしても日本はグローバル化が進む中、大きく新しいかじ取りを迫られている。山梨県 民がその日をよい形で迎えるためには最悪な状況を想定し、最良の対策を行い、その変化に先駆けるべく行政、企業、県民が一体となって共に考え、共に行動し ていかなければならない。以下、山梨経済同友会が日ごろから議論し、提言し、行動している内容を述べる。
「数は力なり」と言われるが、このまま無策でいると県内人口は二○三○年には八十万人を切ってしまう。県全体の活性化を阻害する大きな問題だ。企業誘 致、出生率向上、定住人口・交流人口の増加策を講じ、潜在成長率全国七位といわれる土壌を背景に、横内正明知事が示す「暮らしやすさ日本一」を目指した 「チャレンジ山梨行動計画」をぜひ成功させてほしい。
山梨を元気にする最良・最短の施策は、自然の恵みを活用する観光事業・地場産業の振興である。観光立県といわれているが、各自バラバラでなく、官民が協 働してベクトルを合わせ、山梨ならではの独自性に富んだ振興策を打ち出すべきである。この分野からの税収増額を目指すならば、県の年間予算で建設事業費九 百八十八億円(予算対比全国トップクラス)に対して、観光関連が六億円(全国四十一位)ではあまりにも少なすぎる。
日本中が苦しんでいる行財政改革も避けては通れない問題だ。県税収入千百三十九億円では賄いきれない人件費千二百八十六億円(一般職など四千三百人、教 育関係職八千七百人、警察関係職二千人)。この人数と質と配分は妥当か? 職務を分析する一方で民間より高額といわれている給与体系を見直してほしい。
人件費、公共事業費など歳入・歳出の見直しを行い、既に破産にも等しい一兆円を超す債務残高をどう削減していくのか。他県の成功例を参考にして事業仕分けを導入するのも一つの手段である。
県民の代表としての議会は正常に機能しているのか? 県庁の改革をどう進めていくのか? そのほかにも教育問題は? 環境問題は?
山梨県を取り巻くさまざまな課題が山積するが、多くの「?」を人ごと、人任せにしてはいけない。今こそ、産官学、全県民が一体となって解決しながら、五年後、十年後の実現可能な「こうなる山梨」ビジョンを明確に描き出していこうではないか。
望月操三(山梨経済同友会代表幹事)
(2008年9月28日付「山梨日日新聞『時評』より転載」)
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時代の分岐点
自然淘汰が経済界にもより顕著に表れ、「本来あたり前の経営をあたり前に行う」という創業の原点に回帰する企業が今年はさらに増えるのではないか。
昨年の景況は、投機資金が景気回復期待感による株価の上昇を加速させ、大企業から始まった構造改革とコスト見直し等による「自己改革と守りの経営」で、全体的な業績は回復基調傾向にある。しかし、動きは極めて鈍く、一進一退の域から抜け出したとはいえない。特に県内の大半を占める中小企業にとっては、まだ体感できかねないでいる。
とはいえ県内でもちらちらとデフレ脱却が期待され、経済環境に好転の兆しが見え隠れするムードが出てきたことはうれしい。
県内はもとより日本の多くの企業が競ってアジア諸国に進出し、その経済成長に力を貸しすぎたことの反動から、再び国内回帰への動きが始まっているように思える。「自分の商品は自分で責任と自信を持って製作する」ことに徹し、まい進するのみだ。
どんな企業でも活性化への道筋はある。企業は全方位的に見渡す自信が大切。急激に経済成長するアジア諸国とは、これからの本当の競争になる。
細谷憲二(山梨経済同友会代表幹事)
初出 2006/03/07
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若者が切り開く未来
アテネ五輪の日本勢の活躍は、久しぶりに「日本の元気」を感じ胸のすく思いがした。日本テレビ系列局の五輪視察に参加して開会式を見てきたこともあり、その後の競技も、テレビ観戦だが、関心を持って見ていた。開会式は、108年振りに近代五輪発祥の地アテネに戻ってきたことを意識して、斬新な構成、華々しい雰囲気のなかにも、「歴史」を強く演出した見事な舞台であった(もっとも、各国の入場行進が長く、6時間もじっと座りっぱなしだったのには閉口したが…)。
日本の金メダルラッシュには新しい感覚の若者のパワーを感じた。水泳で史上初の2冠に輝いた北島康介選手は、100メートル平泳ぎで優勝した後のインタビューで「ちょー気持ちいい。鳥肌ものです。やる前からハンセンとの勝負だと思っていた。気持ちの面で絶対に勝ってやると思ってスタート台に立ちました。200メートルでも最高のパフォーマンスを見せられるよう頑張ります」と胸を張って答え、柔道女子48キロ級で連覇した谷亮子選手は「たくさんの方々が長年応援してくれたので、毎回夢を持って畳に立つことができました。その応援を力に変えることができたのが勝因だと思う。田村亮子でも谷亮子でも世界一になれて最高です」と自分の気持ちをストレートに表現していた。物おじしない、堂々とした受け答えや態度は、たいしたものである。
期待されながら、その重圧に負けてしまう日本選手。国際大会で、かつてはそんなシーンが山ほどあった。今回も2、3見られたが、メダルラッシュの推進力は、間違いなく新感覚の若者の台頭によるものである。
競泳や柔道、体操という「日本のお家芸」の復活には、従来の慣習を見直し、科学的トレーニングの導入など「変化した組織」のバックアップも指摘されている。フクスケを再建中の藤巻幸夫社長は、ある雑誌の五輪特集のなかでこう述べている。
「従来のしがらみなどから解き放たれれば、まだ日本もやるじゃないか、ということでしょうか。現在、しがらみとか古くからの習慣、因習などにとらわれている競技、団体、組織ほど、逆に考えれば可能性があるということですよ。楽しく、目標を立てて、周りを気にせず、自分を信じてどんどん前進です」
私もグループ会社の会議や集会で、機会ある度に「若い社員の考えをどんどん取り入れよう」「昨日と同じ事をしているようでは駄目。気が付いたその時にどんどん改革していこう」と訴えている。地方の中小企業に景気回復感はなく、山梨も依然元気が出ていない。その要因はさまざまあると思うが、低迷からの復活には、組織の慣例や伝統を見直し、若者の活躍で元気を取り戻したアテネ五輪の「ニッポン」に1つのヒントがあるように思える。
「山梨の元気」「会社の元気」回復に向け、組織の古い体質を改善し、若者に大いに活躍してもらおうではありませんか。
野口英一(山梨経済同友会代表幹事)
初出 2004/09/14
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倒産と個人保証
第二次小泉内閣が発足しましたが、景気は一向に良くならず、中小企業の悲鳴は、全国から上っています。
「構造改革すれば、景気は良くなる」、「銀行の不良債権がクリアーされれば、景気が良くなる」と言われ、中小企業はその日のくるのを、耐えて、忍んでがんばっています。
しかしその日まで、待てずに、倒産する企業が相次ぎ、いろんな悲劇も発生しています。昨年の自殺者は3万4千人で50歳〜60歳代の自営業者が多いようです。
倒産という悲劇は、自分だけが免れるものではなくて、事業経営者は会社の大小にかかわらず、すべての企業がその「恐怖」に直面しなから、事業を経営しています。
私達は資本主義のもとに、事業を行っているわけであります。
資本主義の基本理念は「適者生存」であります
つまり、資本主義は倒産、廃業を前提にした制度なのです。この制度だからこそ、社会が発展し、人々が豊かな生活を享受しているのです。倒産のない社会は国営企業の社会主義の国です。
20世紀は、資本主義が一番適した経済制度てあることを、いろんな犠牲を払って 立証した世紀でもありました。
誰でも、常に危険と隣り合わせる制度であるがゆえに、資本主義には、2つの特徴があります。
1)企業経営は有限責任であること、
2)リカバリー(再起)ができる社会であること
この有限であるべき責任を、中小企業は「個人保証」を求められて、無限責任にさせられているのです。「個人保証」のために倒産も、廃業も再起も出来ないのです。
明るく活力ある人類が考え出した最高の制度である資本主義を暗くみじめにしているのが「個人保証制度」です。
銀行は「お客様から預った大切な、お金だから」と言います。
我々も取引先から預った、大切な商品を保証人も、担保もなく「リスク」をとってビジネスしているのです。我々事業主も「大切な家族や、社員を預っている」のです。
「担保や保証」に頼った融資から「人と事業」をみて仕事を応援し事業を伸し、リスクをとる融資に変えていくことが、明るい資本主義になるために必要であるとおもいます。
望月政男(山梨経済同友会代表幹事)
初出 2003/12/02
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ノーベル賞受賞に思う ―強みに集中、個性を磨く
2002年のノーベル賞は物理学が小柴昌俊 東京大学名誉教授に、化学が田中耕一 島津製作所主任と決まり、日本初のダブル受賞となった。これで日本人のノーベル賞受賞は3年連続となり、しかも自然科学部門にはまだ多くの有能な候補者が多く控えており、2003年以降も朗報が続く可能性があるという。
デフレ不況からなかなか脱することが出来ず株価下落や偽装表示問題などの暗い話題ばかりで気が滅入っていたところに飛び込んできたビッグニュースに、日本中が沸き、自信喪失気味だった我々日本人を勇気づけてくれた。
小柴昌俊氏の業績は関係者の間では既に高い評価を得ており、今年こそはという期待が高まっていたというが、田中耕一氏は全くの無名人で、本人も予期していない出来事だったようで、作業服姿のインタビューも新鮮でさわやかだった。田中氏の発明は国内ではあまり評価をされず、研究成果の英文雑誌への発表では海外チームが選考したというが、ノーベル賞選考委員会は、蛋白質の質量分析の歴史を丁寧にたどって島津製作所が最初であることを認めてくれたということである。
大学教授でもなく博士号も持たない民間企業の研究所の主任さんという、ノーベル賞受賞者としては異例の肩書きが話題になったが、今も企業の研究所で信念を持ってコツコツと頑張っている全国の研究者達の何よりの励みとなったことだろう。島津製作所では田中氏に特別報奨金を授与し、執行役員級の「フェロー」(最上位研究者)に昇格させ、「田中ノーベル賞記念研究所」をつくるとの事であり、母校の東北大学は名誉博士号を授与すると発表した。
「好きな研究をさせて貰っていることに満足している。これからも一人のエンジニアとして実験を続けていきたい」と会社に謙虚に感謝する田中さんの飾らぬ人柄と、現場にこだわる研究者根性は多くの人々の共感を呼んだ。
島津製作所の従業員3千人強の3人に1人は技術職だという。田中氏はインタビューに答えて「開発した当時『直接製品に結びつくものでなくてもよい。3〜5年後に光る石となる製品をつくろう』と各研究所員でテーマを決めて研究所長に持って行き潤沢な資金を使うことができた」と語っている。すごい会社である。20年近く前のことであり、製品寿命が短くなり研究開発のスピードを重視しなくてはならなくなった今日とは若干事情は異なっているとはいえ、多くの研究者に基礎研究や中・長期のテーマに腰をすえて取組める環境を企業ポリシーとして与え続けることの出来る会社はそう多くはないだろう。
小泉首相は内閣改造で不良債権の早期処理の方針を打ち出し、総合的なデフレ対策で景気に配慮しながら、本格的な経済構造改革に着手する。その道筋はまだ不透明であるが、市場による企業の選別は一段進み経営環境が厳しさを増すことは間違いない。産業界では競争力強化のため企業再編によるコスト削減等が進んでいるが、世界的な価格競争の波に巻き込まれては企業体質は改善されない。
収益構造を革新するには、同質化競争を避け特長のある独自の技術開発や、他社にない商品を創る"オンリーワン戦略"をとることであり、顧客満足の高いサービスの提供やブランドの確立が求められる。今回の景気刺激策の柱の一つである税制改正では、研究開発費の一定率を税額控除することが認められそうだが、メーカーは研究開発力が勝敗を分けるキーであり、大いに歓迎したい。
今こそ我々経営者は、徹底した顧客志向に立って、新技術・新サービスの開発・創造につとめ、勇気を持って経営モデルの革新に取組まねばならない。
長澤利久(山梨経済同友会代表幹事)
初出 2002/11/11
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出る杭にエールを
東京から山梨に赴任してきて、まもなく1年になる。今ではすっかり山梨ファンを自認している。
山紫水明の地、とは良く言ったもので、新宿からわずか1時間半というのに、自然の美しさには言葉を要しない。この春は桃の花に酔い、つい最近は鈴なりになるさくらんぼの美しさに目を見張った。
また、最近でこそ知られるようになってきたが、山梨のミネラルウォーターは日本一の産出量を誇る。確かに、至る所に湧水があり、滝がある。水道水ですら美味しい。山梨は山国ではあるが、日本に誇る「水の国」である。
ところで、山梨の経済指標のうち、全国一を誇るものに「有効求人倍率」がある。求職者1人に対していくつの働き口があるかを示す有効求人倍率は、長期間にわたって山梨県が第一位であった。昨年は、さしものIT不況で、急速に低下したが、それでも全国1・2位を争う水準にある。
なぜ、山梨の有効求人倍率が全国一高いのか。最近のスタッフの調査結果により、主として、求職者が人口対比極めて少なく全国最低レベルにあるため、ということが確認された。
では、なぜ職を求める人が少ないか、ということになる。そこにはいくつかの理由があるが、興味深いのは、事業所の新設率・廃業率、そして労働者の離職率ともに、山梨県は全国的に見て極めて低いという点である。すなわち、山梨においては、過去から続いている事業は比較的そのまま残り、片や新規参入も少なく、したがって職を離れる人も少ないという構図である。要するに、雇用が流動化しにくい地域と言えるであろう。
こうした状況は、山梨の人と人とのつながりを重んじる風土と無縁ではなかろう。山梨に来て、うらやましく思い、かつ半ば驚くのは、多くの方が縁戚・同窓・無尽会などで、何重にも固く結びついておられることである。人情にも厚く、東京からの転勤者にも大変親切にして下さる。
でも片方では、社会は大きな変革の時代を迎えている。「このままで日本はいいのか」といった問いが常に投げかけられ、個々の企業も変革していかなければ生き残れないとの危機感が強い。
伝統的に人縁・地縁が濃いこの地域の企業がどのように変わっていくか、は極めて興味深い。山梨には、自然や水だけではなく、いいものがたくさん残っている。多くの企業を訪れて感心するのは、ものづくりの技術・巧みの技、独特の経営理念やマーケティング手法、斬新なアイデア……、個々の企業が誇るべきものをたくさん持っていることである。したがって、元気の良い企業が多い。先述の人的ネットワーク自体も、山梨として誇れるものであろう。
あとはそうした中で、いかに他に先んじてイノベーティブなことをやっていくか、また周囲がそれをどうサポートしていくか、ということになるのではないか。
「出る杭を叩く」のではなく、「出る杭」にはエールを送りたいものである。
穂苅裕久(山梨経済同友会副代表幹事)
初出 2002/06/07
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パラダイムの転換―
経営環境の急激な変化に対応する経営革新の要件
近年の情報技術(IT)の飛躍的な発達、資源・エネルギー保護への関心の高まり、グローバル・スタンダードに押し切られた形での規制緩和の波は、経営を取り巻く環境の急速な変化として企業経営にいやおうなしに新しい経営スタイルの確立を促している。現在進行中の社会、経済的な変化は、「情報技術」を核とした変化である。それらの変化が企業経営に与える影響は様々なものが考えられるが、最もインパクトの強い変化は「小規模企業弱者説の呪縛からの解放」であると考える。
「規模から領域」へ、「不変性から創造性」への転換
現在指摘されている変化について、まず強調されなければならないのは、情報革命、IT革命と呼ばれるものの本質が、コンピュータなどの情報機器の単なる道具としての使い勝手や便利さの進歩ではない、ということである。人類が他の霊長類と袂を別った火の使用、農業社会から工業化社会への転機となって産業革命を誘発した蒸気機関の発明などと同様なインパクトを我々の社会にあたえるということを前提にしなければならない。そのインパクトはまさに従来のパラダイムのコペルニクス的転換を求めるものである。
これまでの工業化社会において、経済性の基準は効率にあった。テーラーの科学的管理法に始まる「合理的な生産」の追求と、それを支える大量生産、大量販売の根底にある基本原理は、規模の経済性を前提としたコストの低減、すなわち経済効率の追求であったといえよう。たしかに、市場経済が未熟な成長段階においては、効率の追求は経済発展にとって有効な手段であり、市場の要求にも合致したものであった。しかし、いまや「規模/コスト=効率」追求だけでは企業の存続と発展は望み得ない。一つには経済的側面において、インターネットなどの情報通信技術の発展とネットワーク化によって、「規模/コスト=効率」が有効な競争手段として機能しなくなってきていることは昨今の現実が示しており、もう一つは、経済効率の視点に偏重した考え方へのアンチテーゼとして、環境、資源・エネルギー問題、企業の人間性、社会性などの社会的側面がクローズアップされ、効率一辺倒の追求が社会的要請と合致しなくなってきているのである。これらの変化を端的に表現するとすれば、価値基準の「規模から領域へ、不変性から創造性」への転換であり、詳しく述べる紙幅は持たないが、端的に言えば次のような特徴を持つものと思われる。
(1)コスト・効率から戦略性・アジリティー(敏速性)を基盤とする戦略概念の転換
情報化が高度に進んだ社会下の経営においては、コストとの関連だけで時間を考えるのではなく、市場すなわち顧客および競争への迅速な対応が強調される戦略性重視の考え方が必要となる。たとえコストが高くても戦略的に必要とあればそちらを選択するという「時間」についての考え方である。したがって、規模/コスト=効率の側面では不利だと思われてきた中小企業は、経営者および組織が優れた情報収集能力と分析力、それに裏付けられた先見性を持つことにより、大企業一般に対しても、アジリティーでは優位にたてる可能性があり、規模の呪縛から解き放たれることとなる。
(2)資本、労働から技術、知識へ
コスト低減のための効率を中心に置いた大規模企業の優位性は、生産設備に多額の投資を必要とする一部の装置産業や、莫大な基礎研究開発費を必要とする産業分野においては今後も依然として一定の範囲において妥当性を持つであろうが、大多数の産業分野においては、技術、知識の点において規模による優劣はなくなってきている。近年のベンチャー・ビジネス、社内ベンチャーの創造性への期待の高まりはその象徴であろう。効率を追求し、市場シェアーの拡大を目指してきた企業が、その規模が大きくなったが故に「大男、総身に知恵が回りかね」となり、経営課題のテーマの一つとしてナレッジ・マネジメントに重点を置かざるを得ない現実がある。この点からも小規模企業の不利は見出せない。
(3)規模的成長を前提とした存続から、革新の繰り返しによる存続へ
ゴーイング・コンサーンの意味するところも再検討する必要がある。イノベーションが進展し、激しい競争が展開する産業社会において企業が生きる道は、単線的な規模的成長を前提とするものばかりとは限らない。規模的な拡大は伴わずとも、革新を繰り返すことによって市場の変化、競争への対応を行うことによる存続も考えられる。むしろ、変化の激しい高度情報化社会における生存のための適者は、太古の環境激変期と同様、自らの巨体をもてあまし環境変化に適応が遅れたステゴザウルスやマンモスではなくコックローチであるかもしれないのである。
企業経営は、以上のような企業環境の変化を前提に再構築されなければならない。
拙稿、日本経営診断学会編『新しい経営スタイルを求めて』、同友館、2001 年10 月刊より抜粋して要約
株式会社桔梗屋代表取締役 中丸眞治
UPDATE 2001/12/27
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ポジティブな思考で21世紀を切り拓く
21世紀の幕が開きました。20世紀の最後の10年間、1990年代は「失われた10年」と
も言われ、私たちは非常な苦しみを味わいました。しかし、負の遺産の整理を終え、21世紀を再びすばらしい時代にしていく責務もまた背負っています。
電通総研が作成した「日本の潮流2001年」は、21世紀最初の年である2001年のテーマを「創革への気概と行動〜21世紀を拓くポジティブシフト」としています。21世紀の日本に必要なのは、変革を恐れずに自らが創造的な革新を起こそうとする気概と行動であると強調しています。つまり1990年代のような停滞を打破し、かつてのような「魅力ある日本」「挑戦する企業」「輝く個人」を実現するためには、努力すれば報われる社会、人間同士が能力を高め合う風土が不可欠と述べています。
私も同感です。今、日本人は自信を失いかけています。かつての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた時代が終わり、圧倒的な強さを誇った国際競争力はアジア諸国の追い上げで陰りが見え、ITの分野でも(iモードのような世界的に注目されている技術もありますが…)アメリカに大きく遅れをとっています。さらに金融機関の破綻、株安、不況にあえぎ、青少年の凶悪犯罪の増加、急速に進む高齢化、家庭の崩壊など社会不安も抱えています。一方で、経済改革も教育改革も思うように進んでいません。「日本はいったいどこに行ってしまうのか?」。20世紀末には、そんな漠然とした不安が漂っていました。
21世紀は「不確実性の時代」ともいわれます。しかし不確実性の裏をかえせば、あらゆる可能性を秘めているともいえましょう。その可能性を生かすには、ポジティブな思考、行動力を持つ必要があるでしょう。例えば1990年代の「失われた10年」は、失うものばかりではなかったはずです。苦しみの中で多くのものを学んだ10年、21世紀に向けての準備期間の10年だったとはとらえられないでしょうか。
世界の色の専門家は2001年の色のテーマを「知性」とし、これまでのモノトーンの色調に代わって鮮明色が基調になると考えているそうです。1990年代に流行したモノトーンから21世紀は鮮明色になる。こうした力強い色調への変化は、回復、改革への期待と決意とも受け取ることができるのではないでしょうか。ここにもポジティブな思考への変化がみられるような気がします。
新世紀は、ポジティブな思考で新しい日本、山梨を切り拓いていこうではありませんか。
野口 英一(山梨経済同友会代表幹事)
初出 2000/12/27
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八ヶ岳時代到来に向けて
私の住む街は高根町清里。私は今年51歳になりました。半世紀を生き、最近ますます強くこの町が誇りに思えるようになってきました。なぜそうなったと申しますと、本を通して先人達に会うことが出来たからです。
一冊は「政治的良心に従います−石橋湛山の生涯」(江宮隆之著・河出書房新社)。この手の本で泣かされたのは久しぶりです。石橋湛山先生も、いま私が毎日見ている山々を見て育ったということ。氏は甲府第一中学校時代に、札幌農学校(北海道大学の前身)第一回卒業生で、有名なウイリアム・クラーク博士から直接薫陶を受けた大島正建先生から指導を請けたことーその大島先生の言葉が本の中にこう書かれています。「皆さん、私はクラーク博士から二つのことだけを言われました。それは「ボーイズ・ビー・アンビシャス」そして「ビー・ジェントルマン…」それです。いま我々に失われていること、ビー・ジェントルマン。常識なのか、良識なのか、正しいのはどちらか。
もう一冊は「朝鮮の土となっつた日本人−浅川巧の生涯」(高崎宗司著・草風館)。そして三冊目が「白磁の人」(江宮隆之著・河出書房新社)。この二冊には、私達の町で育った二人の先輩が出てきます。浅川伯教・巧兄弟。この兄弟は大正の初めに日本の支配下にあった朝鮮に渡り、朝鮮古陶磁に魅せられ朝鮮を愛し、朝鮮人からも愛された人です。そして私達の町には、アメリカから来たポール・ラッシュ博士がいます。何と凄い先人達がいたのでしょうか。その人達によっつて開かれた町−私は何か身震いを感じます。
いままで「観光地をつくろう」「活性化とは?」など議論してきましたが、一番大事なことは、人間愛の追求、それが町づくりなのではないかと思うようになってきました。一人一人、そこに住む人が笑顔で日々物事に感動していきること、感謝して一日が終わること、そんな人と人との交流の場が、私達の町であったなら…歴史的に見ても、アメリカと私達の町、朝鮮(韓国)と私達の町の繋がりを考えると、いま我々がやらねばならないことが見えてくるような気がします。
共生の時代―。全てのかかわりのある人物と対等の立場で優しさを忘れずに生きること。感動と感謝が勇気になることを忘れずに生きること。そうすれば、いろいろな夢が生まれてきます。皆で強力して何かをやろうという気持ちにもなってきます。
我々の八ヶ岳高原は「八ヶ岳活性化研究会」という会を発足させました。四つの町村に広がる大地(いままで町村の境界がないわけではなかった)、いま、この大地を愛する人達が、境界を取り払って何が出来るのかを考え始めています。近い将来、必ずや八ヶ岳時代が来ると思います。経済的な成功ではなく、人々がその地に行きたいと願う、誇り高い大地として。
山梨経済同友会幹事 舩木 上次
初出 2000/7/6
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「ITゴルフ」の楽しみ
ゴルフ場も人件費の軽減とプレイヤーの高齢化に対処するため、ゴルフカートの導入が進んでいます。
技術立国日本で、こんなカートがあればいいなあーと思っていたゴルフカートがハワイオハウ島 KO'Ohrina Golfコースで導入されていたのです。ゴルフカートにノートパソコンぐらいのデイスプレーと簡単なボードが付いていました。グリーンに立つとこのコースの攻め方が表示されます(例えばこのコースは、第一打は右方向に打つと、第二打が打ちやすい)。デイスプレーには前プレーしているカートの位置が表示されていて、一定の線の外にカートが出たら本人が打って良いと判ります。ボールを打ってカートに乗り(2人用)ボールのちかくでカートを止めると、今打ったボールの飛んだ距離とグリーンまでの距離がデイスプレーに表示されます。スコアーをボードに打ち込みますと、自分と相手のスコアーもすぐ表示されます。
食事時間が近づくとレストランのメニュ−が表示されてレストランの注文を取ります。
機械相手では、キャデイ−さんのように「ナイスショット」と誉めてもらえなくて、面白くないと思う人ガいますが、なんとこの機械バーデイ−をとったら拍手をしてくれました。ミスショットをすると「残念です。ヘッドアップです」とは言いませんでしたが…。
マスター室は、全カートの集中コントロール室になっていてあまり遅いカートは黄色で表示されていてウオッチしているそうです。
電子立国日本はどうしてこんな機械が作れないのでしょうか?日本は長い間、遊びは悪辛苦は善というモラルに浸っていて、技術はあってもこうしたものは作れない社会かも知れません。
望月 政男 (山梨経済同友会幹事)
初出 2000/4/1
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活動3年目のスタートにあたり
○山梨経済同友会が発足して丸2年が経過し、いよいよ3年目の活動に入った。先の総会で4人代表幹事制から2人代表幹事制に変わり、改めてその責任の重さを感じていたところ、この度の日銀人事異動により出澤副代表幹事が本店に戻られることになった。当同友会の発足早々よりこれまで代表幹事として当会の運営を支え方向付けてくれており、これからも大いに頼りにしていただけに本当に残念である。彼の鋭い時代感覚からくる既成概念にとらわれない新鮮な発想は、正に同友会の活動精神そのものであり、これからも山梨経済同友会の体質としてビルトインしていきたい。山梨経済同友会の揺籃期の活動を軌道に乗せるために、彼の果たしてくれた役割は極めて大きく栄転にあたり深く感謝したい。
○さて、活動3年目に入った今、もう一度これまでの歩みを振り返り山梨経済同友会として目指すべき姿を再度確認して、会員に示すと同時に会員の期待する姿とすり合わす努力をしなければならない。私は総会の席上でもこの点について若干触れたつもりだが、同友会の役割として2つの側面を考えている。1つは、会の諸活動に参加し深く関わることにより「個人的側面」としての人間的成長である。時代は今、大変革期にありリーダーとしての高い見識と力量が大きく問われている。県内の志ある有志と深く交わり大いに議論し、デイベイトすることを通じてその器量が磨かれることを期待したい。そのことがそのまま企業の為となり社会の為となる。2つ目は、時代を鋭く感知し、先を見て問題を提起し、具体的な提言により社会に行動変化を与えるという「知」の団体としての側面である。同友会は、一市民として自らの意志と個人の資格で参加した人々の集まりであり、何の利害関係もない経済的にも独立した団体である。全てに「質」が問われる今、同友会としての役割が益々期待される。県民としての視点から確実に近づいいる少子・高齢化社会や憂慮される教育問題等について山梨経済同友会として情報発信していくべきかと考えている。これらがしっかり機能していくためには会員各自が積極的に委員会活動に参加し、相互啓発を通じて個の資質を磨き合うことであり、質の高い個の集まりにより組織の内的パワーを高め、時代に行動変革を与える活動が生まれて来るのだと考えます。
私は、山梨経済同友会として外への提言をしていくことは勿論ですが、まずは会の活動の中での議論を重視し、お互いが切磋琢磨することが大切であり、真剣なデイスカッションを通じて必然的に生まれてくる質の高い提言を期待したい。3年目に入った今、委員会活動を活性化させ会の基盤を固め、その社会的な認知と評価を高めていかねばなりません。会員の皆様の積極的な意見を頂き、幹事会で充分に話会いこの2年間の役割を全うする所存です。勝ち残り競争の時代には企業独自の強みづくりが求められております。21世紀の会員企業の隆昌と皆様の人生の豊かなることを祈念し、併せて山梨経済同友会の活動の盛んなることを願って本年最後のご挨拶と致します。
長澤利久(山梨経済同友会代表幹事)
初出 99/12/10
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我が国の未来と武士道精神
新大関出島関誕生の際、久しぶりに武士(もののふ)と言う言葉を聞いて懐かしさを感じた。ちょうどその頃、キリスト者の飯島正久氏訳・解説の新渡戸稲造著「武士道」を読む機会を与えられた。
世紀末の変革の時代に直面している今日であるが、この本は著者が「宗教なしでどうやって道徳教育を授けるのか」との外国人の問いに端を発して日清、日露戦争の狭間にあたる当時においても変革の時代であった19世紀末の1899年(明治32年)米国で刊行されたものであり、欧米におけるキリスト教に対して日本人の魂、倫理道徳体系は武士道の大和心にありと喝破し、時のセオドア・ルーズベルト大統領が深く感銘したエピソードもあり、十数カ国語に翻訳され広く日本と世界の架け橋になったものである。
同著は武士道の起源と源流、特性、民衆への感化、感化の持続性と永続性について述べ、自然との一体化を図る仏教、愛国心と忠誠心を培った神道、倫理涵養の儒教を武士道の淵源とし、その特性として正直(義・義務)、決断力、正義遂行の為の勇気、仁愛、謙虚さと他者への思い遣りを表した礼、誠実、廉恥心に養成された名誉心、忠義・忠実の観念等を挙げている。そして武士教育の第一に品性人格の確立を掲げ、武士道の鼎の足である知恵、慈愛、勇気の実践の為に剛毅不屈の精神の鍛練と共に礼節を実践すべく自己抑制に努め、一種のストイシズムの気風が生まれたと断じている。
同著では著者の古今東西にわたる該博な知識を駆使して彼我の比較文化論を展開しているが、武士道の個々の特質は我が国固有のものではなく、キリスト教国においても実践されているものである。しかしながら「花は桜木、人は武士」とまで言われて民衆の尊敬を集めた知性と道徳は時代の変化と共に風化し、今や見る影もない。我が国は戦後、民主主義の導入と共に、共同体としての家族・地域社会が喪失し、利己主義の浸透等によって名誉心をはじめとする大切なものを失った感がある。しかし「花は桜木」とする我が国の国柄、感受性、民族精神は文化の伏流水として息づいていることは間違いない。我が国に活力をもたらすものは精神であり、著者が述べる仁愛、謙虚、思い遣り、知恵、勇気といった倫理道徳原理としての武士道精神は未来への霊的遺産・資産として涵養していくべき大切な心ではなかろうかと思う次第である。
岡島哲之助(山梨経済同友会代表幹事)
初出 99/08/20
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日本の真の復活を目指して
日本の経済も最悪期は脱しつつあるように窺える。
一昨年の春から始まった経済調整は、昭和の末期から平成にかけてのバブル景気の後始末、と言われている。そういうことであれば、企業の財テク失敗の膿がこの3月期で大方出尽くし、また、それを受けた金融機関の不良債権については、公的資金の注入により解消の道筋が付けられたことから、日本経済の復活は時間の問題とも言える。
しかし残念ながら、それは余りにも楽観的過ぎる見方だと思う。
バブル発生の底流にあった日本の指導者層の歴史観の欠如、民間経済人の官依存体質、地方自治体の中央政府依存体質や、バブル処理の問題先送りに組した官僚、経営者の無責任体質が改まらなければ、日本の真の復活は期待し難い。
こうした体質を改善するためにはどこから手を付けていけばよいのか、これを思うと暫し茫然自失となる。が、投げ出すにはまだ早い。
まず一番重要なことは、一人一人がもっともっと自分の頭で考える習慣を付けることだ。しかし、これは個々人の能力の問題もあり限界があろう。
次は、矜持と謙虚、威厳と羞恥という心の有り様について、一人一人がもっともっと意識することだ。しかし、これは倫理の問題であり、所詮弱き存在である人間に多くは期待できないだろう。
人の問題は取りあえず置いて、社会の制度の問題としては何かあるか。それは、官が支配する分野を必要最小限に狭めることだ。
官が自己規律を以って自己変革に努め、自らの組織を縮小させていくようなことは、残念ながら期待できない。仕事に失敗した時、倒産という形で退場させられない公的部門に対しては、政治の力によって常に縮小されるよう圧力を掛け続けることが、恐らく次善の策であろう。
昨今、「小さな政府」という政治的課題が、総論としては、漸く、国民的合意事項となった。我々が今後すべきことは、各論に入っても、政治が躊躇しないように後ろから監視し、また、その実現を督促することであろう。
その意味でも、今後、景気が再び足踏みをしたからといって、政府に更なる景気対策を求めるようなことはすべきでない。
出沢敏雄 (山梨経済同友会代表幹事)
初出 99/04/30
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苦難を乗り越えて
立春が過ぎ、甲府盆地も日増しに明るい日差しを浴びているが、ニュースは暗く、嫌なものばかりが駆け巡っている。
不景気、リストラの文字が連日、躍る。口を突いて出る言葉、話題も同様だ。
暗いを通り越して腹が立つのが、工事発注をめぐる中巨摩3町の贈収賄事件。現職3町長と前町長が逮捕され、現職は辞職した。あってはならないことが懲りずに繰り返されている。
間もなくそれぞれの町で出直し町長選が行われる。苦難を乗り越え、有権者の一票で明るい町政の実現を願う。
今年は選挙の年。一票で、苦しい時代を打破し、21世紀に向け、明るい兆しをつかみたい。
わが身を置くマスコミ業界を見ても、放送は本格的なデジタル時代へ突入、新聞は規制緩和の波に洗われている。かつて経験したことがない大変革期に直面している。現実を直視し、苦悩の中から新たな指針を見いだしていかなければならない。
暗い、苦しい時代を糧として、新たな時代を切り開いていきたい。
野口 英一(山梨経済同友会代表幹事)
初出 99/02/10
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今、リーダーシップが問われる
☆日本経済の再生へ向けた実務型の小渕内閣が誕生して1ヶ月。内需喚起の景気浮揚策や金融機関の不良債権処理問題等の戦後最大級の難問への取り組みが急がれる。景気回復は、党派を超えた至上命題。日本発の世界恐慌の回避には、国民の先行き不安を解消し、行政への信頼を取り戻すことが急務であり、政府の毅然とした市場へのメッセージの時宜を得た発信が肝要である。この非常時こそ、確固たる信念をもったリーダーシップが求められている。
☆この厳しい不況を乗り切るには、短期的には公共投資のような官主導の財政政策によるテコ入れも有効だが、それだけでは持続的な経済成長は望めない。経済の主役は民間であり、国際化と規制緩和の中で、活発な新規参入とフェアな企業間競争が行われ、時代変化に柔軟に対応できる新たな経済構造へと変革を遂げてこそ、それは実現する。我々は、政府の無能ばかり嘆かず、自らの経営に甘えはないのか自問し、情報化時代に耐えられる変化対応型の個性的企業づくりを目指して、果断な経営を実践することが今求められている。企業が21世紀を立派に迎えられるかどうか、我々経営者の双肩にかかっている。
長澤 利久(山梨経済同友会代表幹事)
初出 98/8/28
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日本の7つの大罪
インドの政治家マハトマ・ガンジーは半世紀語の日本を予言するかのように社会的7つの罪として、原則なき政治、道徳なき商業、労働なき富、人格なき教育、人間性なき科学、良心なき快楽、犠牲なき信仰を挙げている。これらの罪に共通して言えることは、「便利を得るはこれ便利に落つ」ということではなかろうか。
論語に「利によりて行えば怨み多し」、孟子も「義を後にして利を先にすると為さば奪わずんばあかず、上下こもごも利を征(と)れば国危うし」と警告している。かの福沢諭吉翁も「利を行うは理を争う」と、理こそ利の元なりと箴言している。利の本は義であることを忘れているところに今日の7つの大罪がある所以と言える。
今日の歴史的現実から逃避せず、利己主義、事なかれ主義に陥ることなく、義と利をわきまえ、活眼を開いて驢を度し、馬を度していく決断と胆識が求められている。
岡島哲之助(山梨経済同友会代表幹事)
初出 98/7/17
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沈思黙考のすすめ
各々方、暫し沈思黙考されたい。
手垢に塗れた軽佻浮薄な言葉の遊戯を止めて、次の事柄の意味するところを自分の頭で考え抜いてみてはどうか。
偶さかこの地に生を受けたというだけで、何故日本のことがかくも気に掛かるのか。
経営者であれ、サラリーマンであれ、政治家であれ、教師であれ、我々は明日の世代にどのような日本を残そうとしているのか。
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如何に言葉を尽して答えても、どこか嘘らしいところが残る難しい問だ。
かくて、我々は再び言葉の遊びに向かい、政府の総合経済対策を論評し、景気の先行きを占い、経営計画を語る。
勿論、この世の中、哲人だけでは成り立たないが、さりとて皆が皆、景気を占うエコノミストの御託宣に有り難がって銭を払うような、持ちつ持たれつの優しい生活人ばかりでは、我々はタイタニック号の乗客になってしまう。
今日ほど、歴史観を持った哲人的指導者の登場に思い焦がれる時はない。(中西輝政氏の書物に啓発されて)
出澤敏雄(山梨経済同友会代表幹事)
初出 98/05/13
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