平成10年度 山梨経済同友会 通常総会提言2

学校教育における『消費者教育』の一層の充実を望む


 

山梨経済同友会文化教育委員会 
委員長 中丸眞治
(1998年10月27日発表)





目 次

 現状認識

Ⅰ.消費者教育の必要性

  提言 「学校教育における消費者教育の一層の充実を」

Ⅱ.消費者問題の発生と消費者教育

  1. 消費者行政の対応    
  2. 法的規制の限界    
  3. 学校における消費者教育の現状


Ⅲ.消費者教育の今後の議論のために

Ⅳ.我々がなすべきこと


 現状認識

 我々の経済は「市場主義経済」を基礎としている。
 個々の企業は自由競争原理に基づいて、より多くの顧客の支持を得、適正利潤を獲得して永続的な発展を目指すべく努力している。一方消費者には主体的な判断によって消費の意志決定を行い、自らの生活向上に役立つ購買行動をすることが求められる。
 このような制度においては、流通を含む生産と消費の取引は市場メカニズムの調整を受け、企業の競争行動の中で社会的に不適切なものは淘汰され、適切な企業活動によって顧客の支持を受ける企業だけが生き残る。
 しかしながら、大量生産、大量消費の時代の到来といわれた昭和30年代半ばから、いわゆる「消費者問題」が数多く発生し、消費者保護の必要性が認識されて来た。消費者運動の高まりと相まって、各種の法律や行政による事業者規制と消費者支援による適正化への努力が継続的に行われて来たにもかかわらず、残念ながら、いまだ『悪質商法』と呼ばれるものは後を絶たず、消費者と企業との信頼関係が確立されたとは言い難い。
 特に近年においては、目に見える商品だけではなく、手で触れることのできない製品である「サービス」の商品化、金融利殖商品の増大や消費者金融の多様化、クレジット社会の進展に比例して消費者問題は複雑化し、消費者としての知識や見識の不足している若年者や高齢者が被害者となる例が数多く発生している。
 この事実は、従来から行われてきた弱者保護的な「消費者保護」に力点を置いた消費行政施策の限界を示している。そこで最近では、消費、購買行動の当事者である消費者の自主的な判断能力を養成し、企業と対等な立場で地球環境問題をも含めて、社会的な合意の形成を目的とする「消費者教育」の必要性が認識されるようになってきた。


Ⅰ.消費者教育の必要性

 我が国の経済制度である市場経済が本来の役割をはたすためには、消費者が日々の生活の中で「その商品を買うか買わないか」という、いわば選挙の際の投票行動を通じて、自らの生活に真の豊かさをもたらす企業や商品を判断し、選択する能力を持たなければ、その商品やサービスを提供する企業がわれわれの生活に本当に必要であるのかないのかを選択する市場メカニズムを有効に機能させることは不可能である。
 また翻ってみると、消費者教育不足に起因する個人や社会が抱え込んでしまった問題を解決するために、後から個人や家族、あるいは社会が莫大な時間と費用を浪費している例は幾つもあげることが出来る。この現状を見るにつけても、『教育は社会コストを下げる最良の方法である。』という原則を見失ってはならない。
 ここに消費者教育の重要性がある。
 最近の規制撤廃、緩和の流れは、我が国における市場主義経済の原則を考えれば当然のことであり、企業、消費者双方に主体的な意志決定による責任行動を求める一方、公害などの環境問題や薬害被害のように、市場の調整に任せきれない問題や、公正な競争を阻害する行動に対しては、より厳しい規制をもって臨むという二面性を持っている。
 市場主義経済のさらなる発展のためには、顧客満足の達成を基本理念とする健全な企業と、自らの価値観に基づいて主体的に判断し、合理的な意志決定による消費行動をなすことが出来る能力を持つ、賢い消費者の存在が不可欠であり、企業における不断の努力と併せて、消費者の自覚と判断能力の向上が求められるのである。

  提言……学校教育における「消費者教育」の一層の充実を

 現代のように高度に産業が発展する前の段階までの時代にあっては、経験的に学んだ知識は親から子へ代々伝承され、蓄積されて生活の向上に役立ってきた。しかし、社会の発達に伴い伝承すべき知識や技能は複雑化し、量的にも増大してきたことによって、これらの伝達は家庭内の伝承的な教育や、地域社会を中心とした「社会教育」によって補うことでも十分とはいえなくなり、「学校教育」が生まれ、時代と社会の要請によって分化・高度化して現代の学校教科教育に発展したとみることができよう。とすれば、消費活動に関する教育も、ことさら新しく特別な教育と考える必要は全くない。
 このように考えれば、各種の教科教育をはじめ、現在学校でなされている教育の根幹は家庭教育にあるべきであり、生活の重要な側面である消費活動についての教育である消費者教育も例外ではない。
 しかし、われわれの生活は、もはや家庭教育や社会教育だけでは不可能なまでに複雑多様化してきている。
 ここに我々が『学校教育における消費者教育の一層の充実を』提唱する理由が存在するのである。


Ⅱ.消費者問題の発生と消費者教育

  1.  消費者行政の対応  
     我が国において消費者問題が表面化し、注目を集め始めたのは昭和30年代、我が国の経済がいわゆる大衆消費社会に突入した時代である。  
     その後、昭和43年に「消費者保護基本法」が制定され、消費者行政は消費者問題の変遷に対応して、法制度、体制面共に充実がはかられてきた。  
     その後、消費者問題の内容が、「安全、衛生」や「品質、機能」と「価格のトラブル」から、「販売方法」「契約と解約」の問題へと移行してきたことに伴い、それに対応して、昭和51年には「訪問販売等に関する法律」が制定されるなど各種の法的措置が講じられてきている。
     しかし、最近の消費者被害の現状をみると、すでに典型的な悪質商法とされているものによる被害が減少していないばかりか、「和牛商法」「地鶏商法」など次々に新手の商法があらわれ、ダイヤルQ2の問題や、インターネット販売に伴うトラブルに代表される、マルチメディア社会特有の問題も表面化している。

  2.  法的規制の限界  
     このように、契約や販売方法にかかわる問題や、情報社会化に伴う新たなトラブルの発生に対して、法的規制のみによる対応には以下のような限界が指摘される。
     
    1.  法的規制措置は、その本来的な性格から、同種の被害の防止には有効であっても全く新しい種類の商法には対応できず、被害が問題化されてからの後追いにならざるをえない。  
    2.  「悪意」の有無にかかわらず、事業者は新商法を開発する際、当然のこととして規制にかからない商法を考えるが、消費者をだまそうという「悪質業者」の方がズル賢く、商法はますます巧妙なものになっていき、新商法の増加によって「悪意」の有無の判別は困難になる。  
    3.  法的規制に伴い、消費者にはより多くの法的知識が要求される。事業者の書面交付義務、クーリングオフ制度なども、その知識と活用なくしては有効な消費者保護措置とはなりえない。  
    4.  過剰な規制は、規制緩和の流れに逆行し、市場主義経済の健全な発展の妨げとなる。すなわち、ますます多様化し変化している消費者ニーズへの企業の対応を困難にし、消費者の選択の幅を狭めるとともに、経済の活性化を損なう結果となる。

     以上のような認識のもと、消費者行政に於いては、これまでも事業活動の適正化に向けた規制のほか、企業の消費者指向の徹底と、消費者意識の高揚のための啓発がなされてきた。しかし、行政による消費者教育は、婦人学級や高齢者教室など成人した社会人を対象とした社会教育の一環としてなされる例が多く、地方公共団体に設置されている全国約310の消費生活センターと国民生活センターも、各種講習会、展示会の開催、資料配布、相談事業などを通じて一定の成果を挙げているものの、いまだ充分な成果を挙げているとは言い難い。

  3.  学校における消費者教育の現状  
     我が国の学校教育において、消費者教育は、小学校の社会科と家庭化、中学校の社会科と技術・家庭科、高校の社会科、家庭科、商業科などで指導されてきた。  
     学校教育における消費者教育の方法として、我が国におけるこの行き方は、諸外国と比べて、独特のものだといわれており、段階的な変更がなされてきた中で、消費者教育の扱いにも若干の変更があるものの、基本的には従来指摘されてきた次のような問題点は解決されていない。  
    1.  「家庭科」を除けば、社会科などの一部の教科に散発的に取り上げられているにすぎないため教科間の連携が難しく、消費者教育を独立した科目として設けている国などと比べて、初、中等教育で体系立った消費者教育を積極的に実施するという意欲が乏しい。  
    2.  中学校社会科の中では、消費者教育的な内容が一部取り扱われているが、消費に関する一般的な「知識」を与えているにすぎず、社会システムにおける「役割分担」の視点による、消費者と企業の関係を『考えさせる』ものにはなってはいない。  
    3.  高等学校における「家庭科」や「商業」では、商品知識の基礎や家庭経営が取り上げられているが、普通科高校ではほとんど設置されていない「商業」のみならず、新指導要領によって男女必修となった「家庭科」も、大学受験の対象科目ではないことから、軽視される傾向にある。  
    4.  消費者教育や消費者問題に関する科目が、教員免許法の必須科目になっておらず、大学でのカリキュラムも完備していないため、現場の教職員すべてが必要な知識を持つまでにいたらず、教職員に対する再教育も、教育する側の人材不足などもあって、充分であるとはいえない。  

     このように指摘される現実は、学校教育における三つの重要な、そして非常に解決困難な問題を含んでいる。すなわち、いつどこで(教育プロセスのどの段階で)だれが(現場教師の新規育成、再教育の困難)、何を(消費者論、生活科学論ないし生活経営論の学問的体系化の未成熟の問題)、どのように(これまでのように、従来科目に分散したまま関連づける方向を探るのか、独立科目として確立していくのか)という、いずれの側面も十分に議論がつくされているとは言い難いからである。

Ⅲ.消費者教育の今後の議論のために

 以上のような認識により、我々は「学校教育における消費者教育のさらなる充実」を提唱するものであり、学校教育のみならず社会教育、消費者行政、消費者団体による消費者教育も、これまでの実績をふまえてさらに充実したものにすべきであるが、これまでの消費者教育への反省を含めて下記の点を指摘しておきたい。

  1.  消費者教育の基礎となるべき考え方は、経済学における「経済人」を前提とした議論ではなく、「生身の人間」としての消費者の幸福を追求するものにすべきである。すなわち、経済的に無駄のない、実用価値があるものだけがよい商品で、その他の選択は浪費だとういうような非現実的な考え方はすべきではない。

  2.  前記の目的のほか、現実の教育現場の人材不足への対応、教員養成のための大学カリキュラムの充実のためにも、消費者教育論を、従来の「家政学」「生活経営学」の一分野として狭い範囲のみで研究するのではなく、教育学、法学、商・経営学、経済学、社会学、など幅広い分野の研究者の積極的な交流による研究が必要となる。

  3.  「消費」と「生産」を対立するものととらえ、「消費者は弱者である」という考え方をいたずらに強調すべきではない。ともすればありがちな、「こういう商法に引っかからないように」「こういう商品にだまされないように」というだけの消費者教育は、主婦などを対象とした啓蒙教育としては有効であるかも知れない。また学校教育の中で『何故か』を教えたあと、消費者教育の仕上げ段階で『だから、だまされないように』は必要であろう。
     しかし、『企業にだまされないように』だけでは企業一般への不信感を植え付けるだけである。『悪い商法や商品にだまされないように』という呼びかけも対症療法としては効果があっても、将来にわたって、責任ある自主的な選択行動がとれる消費者の養成にはつながらない。
  4.  市場経済社会における社会的な分業である生産と消費を、我々の生活の真の豊かさに結実させるためには、消費者と企業が対等な立場で販売、購買の時点での「買うか買わないか」の判断を通じて「我々の生活を本当に豊かにする商品であるかどうかなど、社会的な合意」を形成することが必要である。そのためには企業も消費者も各々主体的に責任ある行動をとるべきであって、行政はそれを援護するという役割に徹するべきであり、消費者教育もそれを前提とすべきである。

  5.  学校教育現場における消費者教育は、「ゆとりの教育」を目指す教育改革による教科内容、授業時間の削減と、受験教育への要請の狭間にあって、その理想的な現実は容易ではないと思うわれる。しかし、消費者の欲求がますます多様化していくなかで、消費者教育は、本来の『ゆとりの教育』を目指すためにも、我が国の経済の健全な発展には不可欠なものであることを広く認識すべきである。

Ⅳ.我々がなすべきこと

 企業経営者として

 企業が行う、あるいは協力する消費者教育というと、あたかも「自らの事業に都合の良い消費者」を育てることが目的ではないかという誤解、あるいは不信感がいまだにみられるのは残念なことである。
 しかし改めてここで確認しておきたいのは、我々の言う「賢い消費者」とは、「消費生活を営むために必要不可欠な知識を備え、商品やサービスの購買に際しては、自らの価値観に基づく主体的な意志決定をなし、その使用、消費に当たっては合理的かつ適切な扱いができる」人々を指す。従って、これらの人々は、いわゆる「悪質業者」にとっては忌避すべき存在ではあるが、マーケティング理念を顧客満足に置く多くの健全な企業にとっては、手強く厳しい存在でありながら、同時に自らを適正に評価してくれる最高の顧客なのである。
 良く教育された顧客の苦情は「厄介なもの」ではなく最高の改善提案であり、顧客の「不安、不満、不信」を取り除く努力こそが顧客満足のマーケティングである。
 我々は、企業経営に当たって、これらの「賢い消費者」の育成を支援し、市場経済の円滑な運営を目指す中で、消費取引を通じて、商品・サービスにとどまらず、資源環境問題をも含めて「社会的な合意」を形成する努力をしなければならない。

 山梨経済同友会として
 以上のような認識のもと、当委員会として次年度以降この問題について、  

  1. 公的な消費者教育への積極的かつ具体的な援助方法の検討
     
  2. シンポジウムの主催などの検討  

  3. 同友会メンバーによる消費者問題、環境問題などの講演会への講師派遣などを行う。

   ことなどを研究していくこととした。

以 上  



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